見えてるような見えない話。
なんか夜中に、少し考えるコトがあったので。
例えば靖国参拝とかそういうのの問題って正直よくわかんない。
もちろん自分の勉強不足はもちろんあるだろうけど、これから先そんな人達はもっと増えてくんじゃないの?って。
現実感のないものというか、イメージ出来ないものを強いてどうするんでしょうか。
勉強してでも、無理にでも、わからなきゃいけないものと、
なんだかよくわからないまま、それを理由に、強制されているものと。
そういう事に関する説明が、リアリティある説明であったことがない。ロジカルで納得のいく説明であったことがない。
だってイメージ出来ないんだから。
そりゃ説明されれば頭では理解できるけど。
でも、じゃあ例えば、江戸時代の禁忌みたいなもんにリアリティ持てんのかって思うわけ。
そんな極端なって思うだろうけど、過去の出来事って結局、
リアリティのあるもの か そうでないものか
っていう分け方しかないと思うんだよなー。
昭和って時代や、60年代とか70年代とか、そういうのどんな時代か知ったこっちゃない。
なんて言うか、時代を作ったってことにこだわってるのか、誇りを持ってるのか、しがみついてるのか知らないけど、
その年代の人達だけで盛り上がってて、自分は当事者として感じられないんだよな。
もちろんすべての人達がそうなんてこれっぽっちも思わないけど。
こういう考えを持ってるのはきっと自分だけじゃないと思うし、若者に共通する考え方であるような気もする。
こういうことを言うと、そういうタイプの大人は、また何かを押し付けてきたり、逆にわかってないってハネたりする。
そうじゃないんだって。そうだから離れていく。遠くなる。
ホントのところを理解してない。
理解しようともしてない。
そして、説明する、いや、理解させようとすることの意味をわかってない。
そんな戯言。